今週も、朝日歌壇で斬られる、行きます。
朝日歌壇で斬られるってなんですか?
毎週月曜の朝日新聞の朝刊(月曜朝刊が休みのときは日曜版)に読者から公募された短歌が選ばれて掲載される欄があります。
この欄のことを、朝日歌壇といいます。石川啄木など、日本の短歌を彩る様々な詩人が選者を勤めてきました。
「朝日歌壇で斬られる」、では、朝日歌壇に掲載された、多分すばらしいのかもしれないから、適当に歌をピックアップ。並べてみたり、好き嫌いを言います。
嫌いなものは嫌いというのもおいしくないので、多分好きなのばかりが選ばれます。で、何か言います。
もちろん短歌経験なんてありませんので、きっと、誰かが僕の間違った読みを叩いてくれるはず!!
と思いながら、かっこいいホワイトナイトを探すコラムです。
過去日記を見るともう4ヶ月くらいやっています。
歌壇の中の歌で対戦をしようと思うのですが、今週は一つも対戦がしっくりくるのが来ませんでした。
三つ巴でお茶を濁します。
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対戦:同じ言葉
さねさし相模の涌き水父の日の父の手が汲むふるさとの水
(東京都) 柴田佳美
○島陰の福木並木に降り積もる花は鶸色海の鶸色
(沖縄県) 和田静子
このビルの屋上にいるは誰ならん向かいのビルに影映しつつ
(仙台市) 坂本捷子
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「同じ言葉」というあいまいな言葉があります。
同じ読みと同じ字の言葉のことです。
今回取り上げた歌はすべて「同じ言葉」を二度使うことで、
反復という詩の効果を生み出そうと試みています。
ただ、「同じ」という程度に違いがあります。
柴田さん。「相模の湧き水」と、「手が汲むふるさとの水」。
言葉が同じ、水の出所が同じ、ただし「相模」と「手」です。
大きさが違う。角度が同じで辺の大きさが異なる、相似に見えます。
「さねさし相模」(さねさし、は相模の枕詞です)と「ふるさと」
に挟まれて父がいるという構図になります。
和田さん。「花は鶸色」と「海の鶸色」。読みは「ひわいろ」です。
http://www.colordic.org/colorsample/2143.html
これについては、言葉が同じで、出所が違います。
ただし、「花」については助詞の「は」を使っているのに対し
「海」については助詞の「の」を使っている点が注目されます。
これは、「花の鶸色」が「海の鶸色」に含まれていることを示しています。
海から生まれた色が花の形で島に降る。ということで、
島と海とがおんなじ一つのものになります。
坂本さん。「このビル」と「向かいのビル」。
ここで二つのビルは併置されている以外の捉えようがありません。
この歌では、ビルという音の響きだけ浮かび上がることになります。
私は一番最後まで言いたいことを引っ張った、
和田さんの歌が一番印象に残りました。
「島陰の/福木並木に降り積もる花は鶸色/海の/鶸色」
という「オ」音の使い方が意味を中心に纏まっていていいなと思いました。
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土手の道飼主同士がその犬の通訳している猫なで声で
(東京都) 高須敏士
どしゃぶりにならないのかな。